[特別対談]
履正社高校の「勝つ子が育つ」教えとは。

大阪府内有数の公立進学校の校長を歴任し、今年四月に履正社高校に着任した新校長。
過去、数多くのプロ野球選手を輩出し、昨夏の甲子園で初優勝をはたした野球部監督。
「伸びる生徒」を知悉する二人が、新たな時代の教育論を縦横に語りつくした。

「教えすぎない」の真意。
松本
こんにちは。四月に校長に着任して以来、じっくりお話をするのは初めてですね。昨年は夏の甲子園優勝、おめでとうございました。
岡田
ありがとうございます。選手はもちろんですが、部長やコーチ、トレーナーの全員が力を出し切った結果、すごいことをやらせてもらったんだなと思っています。
松本
先生が上梓された『教えすぎない教え』(竹書房)という本も話題になりましたね。
岡田
おかげさまで……。ただ、「教えすぎない」という言葉が一人歩きしてしまって、まるで何にも教えていないように言われることがあるんです(笑)。
松本
何も教えずに、日本一には絶対なれないですよね。
岡田
その通りです。指導陣・スタッフを中心にしっかり練習計画を立てて管理もしています。ただ、その中に「考える余地」を残しているということなんです。
松本
考える余地?
岡田
そうですね、選手が 10 人いれば 10 人それぞれに課題があります。たとえば打つのは得意だけど、守備や走塁が苦手という子がいます。その課題を自分なりの方法で、どうクリアするか。ウチにはコーチやトレーナーもいますし、今は昔と違って色々な情報を収集する環境が整っていますから、その情報を活かすかどうかは君自身だぞ、ということで自主練習の時間を大切にしているんです。
松本
一方的に厳しい練習をして鍛える、というわけではないということですね。
岡田
選手たちの自主性、主体性を促す指導をしていかなければ、高校野球でも勝ち上がっていけないんです。振り返れば、私自身が高校生の時は、上から言われて知識を詰め込んでいく「一方通行」の教育が主流でした。クラブ活動もスパルタ式で、先生や監督さんに自分の意見を述べるなどということはほとんどなかったんです。そのように「やらされて」ばかりだと、ある意味で楽なんですよね。素振りを100本やっておけと言われれば、それをこなせばいいだけですから。しかし、自分で何かを考えたり工夫したりする習慣は全くつかない。それでは伸びません。
今の社会は、答えのないことの方が多い。
松本
それは、学業においても一緒ですね。詰め込んだ知識だけでは、一定のパターンが決まった問題は解けます。しかし、これから導入される大学入学共通テストのように思考力や判断力が求められる問題を前にすると、主体性のない勉強をしてきた子は多分、あきらめてしまうと思うんです。
岡田
対応できないということですね。
松本
そこでやっぱり、グッと踏ん張って、今まで自分が積み重ねてきた知識をいかに結合していこうか、という姿勢が必要かと思います。
岡田
大学入試は随分と変わってきましたね。かつてはテストの点数だけよければ合格だったものが、人としての対応力、コミュニケーション能力も非常に重視されてきています。
松本
やはりそれだけ、日本社会が色んな所で制度疲労を起こしているということでしょうか。これまでは知識偏重型といいますか、そこそこの勉強をして、ある程度の知識があれば、ある一定のステージまでは行けましたよね。
岡田
「言われたことを淡々とこなす」人材が求められている時代でしたから。
松本
しかし今の社会は、答えのないことの方が絶対に多い。もしかしたら、課題や問題そのものも自分で発見しなければいけない。知識・技能や基礎学力は絶対に必要ですが、あらかじめ用意された一つの答えを見つける、そういうテクニックだけに特化した生徒ではこれからの時代を乗り切れないのではないでしょうか。
岡田
一昨年、野球部の主力選手だった生徒が関東の名門私立大のAO入試を受験した時、驚きました。面接でどんなことを聞かれたか聞くと、教授が志望理由書を見ながら、「君はなんでウチに来てこれをやりたいんだ。ウチじゃなくても、他のA大学、B大学でもできるじゃないか」というくらい厳しく突っ込まれたようで。通りいっぺんの、準備していた答えはほとんど役に立たなかったそうです。野球のプレーでも、実戦のグラウンドでは予想もつかないようなことがたくさん起こりますが、大学入試でもその場での状況に応じた頭の回転や対応力がまさに問われているなと。
松本
今は野球さえ上手ければ大学進学も融通が利くというわけではないんですよね。
岡田
もうそんな時代ではありません。当然、学校の成績も求められますし、逆に私たち指導者も、生徒にそういう対応力を身につけてもらうためのコミュニケーション力を普段から身につけなければならないと思います。
「先生、こんなこと覚えて何になるの?」
松本
私は日々の授業において一番肝心なことは、教師の「発問」ではないかと思っています。生徒に対して「これどう思う?」という投げかけです。おそらく野球でもそうだと思いますが、たとえば選手のフォームが崩れている時に、教える側がただ自分の経験則を押し付けるのではなく、「今までの君のフォームはこうだったと思うけど、君はどう思う?」という風に生徒の考えを引き出しながら指導していく。そうすると、理解度や納得感も違うのではないでしょうか。
岡田
できるだけ双方向で、生徒に話をさせる、考えていることを言わせることが大事ですね。私は野球部の選手たちに、常に「根拠」を聞くようにしています。走攻守、全てのプレーについて、なぜそのプレーを選択したかの「根拠」がなければ、結果がどうあれ気づきが生まれません。自分で気づいてもらうためにも、どんどん選手には考えてもらいますし、それが「教えすぎない」ということでもあります。気づきを待つというのはとても忍耐のいることですが。
松本
指導者は引き出しをたくさん持っている必要がありますね。昨今は教室でもアクティブラーニングの授業が盛んです。その基本は、いわゆる写経のような授業ばかりをするのではなく、自分の考えを持たせようということ。そのために教員は発問という「一の矢」を放ち、生徒からリアクションがあれば、「二の矢」をつないでいく。そこに工夫が必要です。
岡田
アプローチの仕方は色々ありますよね。
松本
そうですね。私は数学が専門ですけども、たとえば、ある一つの答えにたどり着くためには、道筋はいくつもある。それが数学の面白さだと思っています。先生方には「鷹の目」を持ちましょう、とよく言うのですが、授業で教えている内容を高所から俯瞰することで、生徒に対して伝えられる内容は変わります。「先生、こんなこと覚えて何になるの?」とよく聞かれるのですが(笑)、そんな時に「よく聞いてくれた! 実はな、これとこれはこういう風につながっていくんだよ」と引き出しを開ける。そういうことができればいいのかなと思っています。
誰もがレギュラーだと思うような選手でも。
岡田
私も、なぜ学業を頑張らなければいけないのかということを、若い頃にベテランの先生に聞いたことがあります。その時の答えが、「考えるプロセスが大事」というものでした。「確かに、卒業してから因数分解を使うことはほとんどない。でも、これから生きていく中で答えを出していく際に、色んな道筋や方法がある。そういう、段階的に物事を考えていくプロセスを学ぶために勉強をしているんだ」と。
松本
おっしゃる通りだと思います。
岡田
ただ良い点数を取って良い大学に行くことが勉強だと考えている生徒には、「そうじゃないんだ」と。野球部の生徒たちをみても、上のステージでも活躍するような子は、やはり自分で考えるプロセスを確立できている子です。以前、ある企業の社長さんにも、高校時代に自分なりに「考えて」勉強していた子と、詰め込みで「やらされて」勉強していた子では、社会に出た後に大きな差が開いていると伺ったことがあります。
松本
そういう意味でも、新しい学習指導要領が「プロセスの評価」に力点を置いていることは重要です。単なる知識の量やテストの点数による評価ではなく、日々の授業の中で評価の項目を示し、その中でどれだけパフォーマンスを示すことができるかをみるというものです。「評価と指導は一体」と言われるように、このような観点別の評価を、生徒が納得する形で進めることが求められている。野球部では、どのように選手の取り組みのプロセスを評価していますか?
岡田
ウチは試合の出場メンバーを、部員、指導者、スタッフ全員の投票で決めています。普段から、部員には「自分が監督だと思って決めなさい」と伝えています。その時に、「技術はもちろんだけど、その人間の日頃の取り組みも見て、どれだけ野球が上手くてもこういう人間が背番号をもらったらダメと思うような選手には投票しなくても良いんだよ」と。
松本
なるほど。
岡田
野球に関しては自信がある子が集まっていますので、監督やコーチの評価だけでは、選ばれなかった子はなかなか納得できないものです。でもやっぱりみんなから、特に同じ学年を含む生徒同士の評価を聞けば、これは仕方ないという風になります。
松本
それは生徒にとってもわかりやすい、真に客観的な評価ですね。
岡田
もう10年は続けているんですが、面白いことに、誰もがレギュラーだと思うような選手でも、あまり票が入らないことがあるんです。
松本
どこかに足りないところがある。
岡田
生徒はよく普段の行動をみていますから。そういう時に三年生の部員に「あいつ、あんまり票が入ってなかったなあ」という話をすると、「票の数を見て、自分はこういう評価なんだということを知って、自分で考えて改善していけばいいんじゃないですか」って言うんですよ。三年生にもなると、やっていることを理解してくれているんだな、と頼もしくなります。
長い教員生活の中で、最も伸びた生徒とは。
松本
考えるプロセスを確立している生徒に加えて、私が「この子は伸びるなあ」と思うのは、チームビルディングに取り組める子なんです。
岡田
チームで協働するということですか。
松本
そうです。今の教育界では、主体性の次には必ず多様性、協働性という言葉がついてきます。やはり自分だけの力には限界がありますから、色々な人とのつながりを上手く生かしたり、人の考えを柔軟に取り入れたり束ねたりしながら、一つの方向性を導き出していく。この力も、社会に出た時に生きてくるんだろうなあと思っているんです。
岡田
野球も、最後は指導者、選手、保護者が一枚岩にならないと勝てません。その上で、私の長い教員生活の中で、在学中に最も伸びた生徒の一人が山田哲人(ヤクルトスワローズ)でした。彼はまさに人の話を受け入れながら、チームプレーに取り組める子でしたね。
松本
初めからそういう素質を持っておられたんでしょうか。
岡田
入学当初はのんびりマイペースで、まさかプロに行って、活躍するような選手になるとは思っていませんでした。しかしどこかで「プロに行きたい」という欲が芽生えた時に、人の話を吸収しようという姿勢にガラっと変わったんです。そこから色んな人の話を聞きながら取り組んだことで、高校最後の1年でグーンと伸びて、甲子園ではホームランも打ちました。
松本
成功体験があったんですね。
岡田
そうなんです。その成功体験が自信となって、さらにもっと色んなことを学ぼうという好循環につながっていったように思います。
松本
私は、学び続けることも才能の一つだと思っています。大学に入ったから終わり、甲子園に出たから終わりではなくて、一生学び続ける意志を持てるかどうか。そこには、今おっしゃったような自信を育むことがすごく重要になってきますね。ぜひ、学ぶことのよろこびと努力することのよろこびを、履正社の教育の中で培っていきたいなと思っています。
岡田
そうですね。私たち教員は人を伸ばす自信はありますから、自ら学び、伸びていきたいという向上心にあふれる生徒さんに、ぜひ本校の門を叩いてほしいと思います。